こすずめ日記

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沢木耕太郎 : 著
新 潮 社  : 発行

あの「家宅の人」の作者:檀一雄の未亡人・檀ヨソ子夫人を一年以上にわたってインタビューし続けた沢木耕太郎が、ヨソ子夫人の一人称の形で書いたものです。(当時、ヨソ子夫人70歳)

発売当時の、かなり若い頃に読んだ事は確かな「家宅の人」、ほとんど覚えていませんが、ヨソ子夫人の回顧録(と、あえて言わせて頂きたい)で、おぼろに思い出しています。

淡々と、その過去を明らかにされているヨソ子さん・・・
それにしても沢木耕太郎しは、どこからこのインタビューを思い立ち、何故1年半もヨソ子さんの元に通い続けたのか?考えてしまいました。
壇一緒の一つの代表作で、家庭を、家族を困惑させた”家宅”の裏側を知りたかったからでしょうか?

遠い過去でもあり、その後の穏やかな落ち着かれた日々と生活を乱すような思い出、気分の良いものではなかったのではないかしら?


終章が印象的です。
昭和26年、南氷洋捕鯨船に乗り組んだ壇からの「遺書」として書かれた手紙。
  ・・・後に起こる事がすべた予告されていた・・・その存在すら忘れていたという。

そして、最後に沢木氏からの難しい質問と答の問答は、

 もし、あなたが檀ヨソ子ではなく、全く無縁の 一読者だったら、「火宅の人」の桂ヨリ子をどんな人と思うだろうか。
      「不幸な人だな、と思うでしょう」 私はしばらく考え、答えた。
 実際の檀ヨソ子はどんな人でしたか。
      「貧しい女でした」
       家事に追われ、お金の工面に追われ、ただあくせくと走りつづけ てきた。
      檀が言うように、野を歩くこともなかったし、月を見上げ ることもなかった。でも、「不幸ではありませんでした」
 将来、「火宅の人」を読み返すことはあるだろうか、と。
      「死ぬまで読むことはないでしょう」 私は即座に答えた。

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参考までに:
「家宅の人」は、1955年11月号より20年にわたり断続的に書かれ、1975年に新潮社で刊行。没後に第27回読売文学賞:小説部門で、第8回日本文学大賞受賞作品。

「火宅」とは、
仏教説の「法華経 譬喩品」の用語で、「燃え盛る家のように危うさと苦悩に包まれつつも、少しも気づかずに遊びにのめりこんでいる状態」でした。
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by kosuzume2 | 2011-09-21 11:16 |
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